登城日 : 2013年 12月 5日
二条城は、1603(慶長8年)年徳川初代将軍家康が京都御所の守護と将軍上洛の際の宿泊所として造営し、三大将軍家光が伏見城の遺構を移すなどして、1626年(寛永3年)に完成したもので家康が建てた慶長年間の建築と家光がつくらせた絵画・彫刻など、いわゆる桃山文化の全貌を見ることができます。1867年(慶応3年)十五代将軍慶喜の大政奉還により二条城は朝廷のものとなり、1884年(明治17年)離宮となりました。その後、1939年(昭和14年)に京都市に下賜され、1994年(平成6年)にはユネスコの世界遺産に登録されました。
二条城を見てみよう
金閣寺から204系統に乗ったため堀川丸田町(バス)で下車、東大手門に向かいます(約10分)。
写真の右手の白いところは北大手門。現在は閉鎖されています。
二条城の入口である東大手門。入場料は600円です。見学が終わった後に撮ったので城門が閉まってる写真になりました。
東南隅櫓。
案内図。
汚れて見にくいですが左下の橋のところが東大手門です。
二の丸御殿の入口、唐門。金箔押し、豪華な彫刻が施されています。
二条城のメイン、二の丸御殿。スリッパに履き替えて中に入ります。撮影は禁止です。所要時間は約20分です。
二の丸御殿の平面図。
矢印が順路ですが、この長さはなんと450mだそうです。こんなに長かったかな。
遠侍:城へ参上した大名の控室で、反対側(⑩の位置)は将軍が朝廷からの使者を迎える時の対面所です。
式台:参上した大名が老中職と挨拶を交わした所。
大広間:将軍が諸大名らに対面した部屋。特に将軍が座る一の間は慶応3年(1867年)10月,15代将軍慶喜が諸藩の重臣を集め,大政奉還(たいせいほうかん)を発表した歴史的な部屋です。
蘇鉄の間:大広間と黒書院をつなぐ廊下。
黒書院:将軍と親藩大名(=初代将軍・徳川家康の子孫にあたる大名家)・譜代大名(=関ヶ原の戦いの前から徳川家康とともに苦労をともにしてきた家臣の中から大名としたもの)の内輪(うちわ)の対面所です。
白書院:将軍の居間・寝室だったところです。
二の丸庭園へ。
記念撮影する観光客。中国人が多かったです。
本丸の入口である本丸櫓門。
橋から見える石垣。キレイで立派です。
本丸御殿(重要文化財)。残念ながら一般公開されていません。
その理由は京都市が本丸御殿の耐震基礎診断を実施した結果、大地震(震度6強以上)時の危険性が判明したからだそうです。
天守台への階段。
天守台から眺めた本丸御殿と本丸西橋。
反対側から眺めた本丸西橋と奥に見える天守台。
最後に売店と日本100名城のスタンプがある休憩所。
二条城の情報
所在地:〒604-8301 京都市中京区二条通堀川西入二条城町541
交通:JR「京都」駅から 市バス 9・50・101号系統「二条城前」下車、JR山陰本線「二条」駅、地下鉄東西線「二条城前」下車
城地種類:平城
築城年代:慶長8年(1603)、寛永3年(1626)
築城者:徳川家康、徳川家光
重要城主:徳川氏
文化財史跡区分:国指定特別史跡、国指定名勝、国宝6棟、重要文化財22棟
天守の現状・形態:天守台のみ残る
スタンプ:大休憩所
営業時間:8:45~17:00 (入場は16:00まで)
定休日:年末年始(12/26~1/4)
※但し、該当日は休日の場合はその翌日を休城日とします
参考サイト
二条城公式ホームページ:http://www.city.kyoto.jp/bunshi/nijojo/
二条城京都府ホームページ:https://www.osp.osaka-info.jp/jp/index.html
二条城攻城団:http://kojodan.jp/castle/13/
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